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訪問看護の未来

連載コラム7:英国の認知症国家戦略と看護師の活躍(前編)

■英国と日本認知症対策

昨年、夏休みを利用してロンドンを訪れた。英国のキャメロン政権のもと行われている認知症国家戦略とその現場を見学するためである。

日本でも、安倍首相が2015年1月に関係閣僚会合を開き、2025年の「認知症700万人時代」を見据えた、「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」を策定した。

現時点では普及・啓蒙や施策開発の占める部分が大きく、医療介護事業者が直接求められる取り組みは少ないが、間違いなく今まで以上に他職種の連携が求められるようにはなるだろう。連携する上では、知識やサービス提供のレベルに明確な基準が設けられると便利であろう。

さて、英国での認知症対策は、社会保障政策の最優先課題として取り扱われている。英国の認知症対策で主役を務めるのは地域の看護師たちだ。今回は、認知症対策に活躍する英国の看護師の現状を見て行こう。

■英国の認知症国家戦略

英国では2009年に、「認知症とともによき生活(人生)を送る:認知症国家戦略」(Living well with dementia:A National Dementia Strategy)がスタートし,2014年までの5年間を認知症ケア改善に取り組む集中改革期間と定め,以下の5つの目標のもと、認知症施策が推進されてきた。

  • ①早期の診断・支援のための体制整備
  • ②総合病院における認知症対応の改善
  • ③介護施設における認知症対応の改善
  • ④ケアラー支援の強化
  • ⑤抗精神病薬処方の制限

これらの目標ごとにその内容を追って行こう。

■診断率の向上

まず①の、早期の診断・支援のための体制整備である。

この中で最初に実施されたのは、開業医(GP)の認知症診断率の向上プログラムだった。この実施状況についてロンドン大学のキングスカレッジで、認知症の著名なリーダーの一人でもある精神科医のDaniel Harwood先生から、私は直接お話を伺った。

同先生のお話によると英国の認知症患者数は約80万人で、2021年までに100 万人を超えるという。そして英国における認知症診断の課題は、診断率が地域ごとにばらついており、それをいかに平準化し向上させるか、なのだという。

英国では全国の疫学調査をもともに地域別の認知症の診断率を公表している。診断率は地域別の推定患者数を分母に、地域別の認知症診断患者数を分子にとり算出する。

たとえばロンドンにおける2014年の地域別診断率を見ると、平均で55%であるが、地域格差がある。たとえばロンドン中心部では診断率は60%以上に達していたが、周辺部では50%以下であることが明らかになった。このため、まず診断率を現状から67% までに向上させるという目標を設定し、以下の方策を採ったという。

まず開業医に向けて診断率向上のための研修を実施した。さらに開業医が認知症を診断し患者登録を行うことに対して55ポンドの支払いインセンテイブを設けた。ただ支払いインセンテイブについては倫理的な見地から批判もあったという。その他、後述するメモリーサービス(認知症初期集中支援チーム)の普及とその質の向上を行った。

この結果、2014年には55%だったロンドンの認知症診断率は、2015年前半には67%までに上昇した(図1)。

図1201605_6_01.png

■メモリーサービス

次に私が向かったのは、ロンドンの南クロイドン地区のNHSクロイドンメモリーサービスだった。ここで日本の「認知症初期集中支援チーム」に相当する「メモリーサービス」の実態について見学した。日本のオレンジプランの「認知症初期集中支援チーム」は、この「メモリーサービス」をモデルに作られたという。

そもそも認知症患者は自ら医療機関を受診することがない。患者本人に病識がないためだ。これによって認知症の発見は遅れやすい。その早期発見のために必要とされるのが、看護師を初めとした多職種チームによる在宅訪問である。

こうした認知症の早期診断と支援を行う地域拠点はメモリーサービスとよばれ、65歳以上人口約4万人に1箇所の割合で設置されている。メモリーサービスでは多職種チームによるアウトリーチによって、認知症患者のアセスメント、チームによる診断会議、当事者・家族へのフィードバック、当事者・家族への早期支援等を行う。

見学で訪れたNHSクロイドンメモリーサービスには、看護師、臨床心理士、作業療法士、ソーシャルワーカーなど6名と、非常勤の精神科医が配置されている。精神科医はチーム診断会議における助言が役割である(図2)。

図2201605_6_02.png

では、認知症患者のアセスメントの手順を追ってみよう。まず在宅における初回アセスメントでは、スタッフ2名で認知症当事者の居宅を訪問し、当事者および家族介護者(ケアラー)それぞれから診断と生活支援に必要な情報を収集する。特に、生活環境のアセスメント(ソーシャルアセスメント)を重視する。このアセスメント情報をもとにメモリーセンターでのチーム診断会議で、医師を交えて診断を行う。必要に応じて画像診断も行う。

そして早期診断の後、以下のような早期支援を行う。診断後の心理的ケア、必要かつ良質な情報の提供、民間セクターとの強い連携による家族支援、抵抗認知症薬の選択、本人の残された判断能力を尊重したケアプランの作成、生活環境の改善などがそうだ。

上記の早期診断・早期支援をおよそ3ヶ月程度の期間行ったあとは、開業医に引き継ぐこととしている。

このようにメモリーセンターの活動は、認知症が重症化する前に地域での生活が継続できる体制を構築するのがその目的と言える。

日本の地域包括ケアにおいても他職種の連携が叫ばれて久しく、また、2015年1月に策定された新オレンジプランにおいても「認知症初期集中支援チーム」として同じく連携が求められている。しかし、具体的な取り組みはまだこれからである。

現在、地域での連携を進めている訪問看護ステーションや訪問看護師の方は、将来的に認知症に関する連携を組むことも念頭に取り組むとよいかもしれない。

■病院と介護施設の認知症ケア改善

次に②、③の総合病院およびケアホームにおける認知症ケアの改善について見ていこう。

総合病院、および介護施設における認知症の対応が不適切、不十分なことが原因となり、行動・心理状態が悪化し、抗精神病薬の多用、精神科病院への転院といったケースが英国においても見られていた。

そこで英国で実施された認知症ケアの改善が以下のようなものである。総合病院の職員や介護施設の職員などを対象とした研修機会を増やすこと、そのための効果的な研修プログラムを開発すること、また介護施設については、精神保健を専門とする地域チームによるアウトリーチリエゾンサービスを提供することなどの取り組みが進められ、成果をあげている。

④のケアラー支援の強化から以降の内容については、また次回、改めてご説明したい。

今回の内容で、英国が進めてきた認知症国家戦略の概要は伝わっただろうか?また、日本が今後、認知症対策を進める上でも、訪問看護ステーションや訪問看護師に大きな期待が寄せられることが英国の事例から伝わっただろうか?

認知症への取り組みでは、今まで以上に地域での連携が重要になることは間違いない。私が一緒に取り組んでいるケアーズ(インキュベクス株式会社)の訪問看護ステーションでも、連携の強化を見据えて、サービスレベルアグリーメントやアセスメントプロトコールによる知識・スキルや提供サービスの標準化を進めているが、連携にあたっての基準作りもさらに重要度が高まるだろう。

次回も看護師の役割や連携に注目しながら、続きを読み進めてほしい。