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訪問看護の未来

連載コラム15:フランスの在宅入院制度と訪問看護(前編)

■はじめに

今年の夏休み、神奈川県横須賀市の訪問診療を見学する機会があった。

横須賀市は在宅看取り率が22.9%で、人口20万人以上の都市で全国トップである。このため横須賀市の在宅医療が今、注目されている。

見学では横須賀市の浦賀にあるK診療所の院長のK先生と看護師さんに同行して、がん患者さんのご自宅を訪問した。患者さんは乳がんや子宮がん、胆管がんの患者さんで、自宅でバイタルを測ったり疼痛管理をしたり点滴で抗生剤投与をしたり、ご本人や家族のお話を聞いたりして帰ってきた。がん患者さんのご自宅を訪問して思ったのは、「これって、昔は病棟でしていたことだ・・・」ということだ。

もともと外科の医者である著者も、外科病棟にいたころは多くの再発がんや末期がんの患者さんを病棟で診ていた。こうしたがんの患者さんを診るのは午後回診の時だ。朝の回診では、術後間もない患者さんを診る。その後手術室に入り、手術が済むとがんの患者さんを診ていたのだった。

このため横須賀の在宅医療をみて外科病棟の午後回診を思い出した。今や技術進歩もあって病棟で診ていた入院患者の大半は在宅で診ることが可能になっている。

この時見学したのは訪問診療だが、訪問看護でも病棟で看ていたように在宅で患者を看ることが当たり前となっている。つまり、医師が提供する医療サービスも、看護師が提供する医療サービスもどちらも「在宅でも入院しているのと同じ」ように提供できる時代になったのだと言える。提供の頻度や時間で言えば、在宅の医療サービスを支える立役者はむしろ訪問看護師と言えるだろう。

さて、そうした在宅での医療サービスを「在宅入院」として提供している国がある。その主役となるのはやはり訪問看護師だ。今回は、その国、フランスが提供している、患者居宅を病床の一つみなす「在宅入院制度」について見ていこう。

■フランスの在宅入院制度とは?

フランスの在宅入院制度が始まったのは、1957年のパリの公立病院の在宅入院からである。そして、1970年12月の病院法改正により、正式に法制化された。

在宅入院はフランス語ではHospitalization à Domicile(以下「HAD」)と言う。HADの当初の目的は病院のがん患者の退院後の在宅医療を行うことだった。これにより病院の入院期間を短縮し、がん治療の入院待ちの患者数の減少と医療費の適正化をはかろうというものであった。それはやがて、役割を拡大することになる。1986年5月の保健省通達によって、精神科患者を除くすべての急性期病院における退院後の患者が、HADの対象となったのだ。

そして現在、フランスの雇用連帯省の「在宅入院による通達」(2000年5月)によれば在宅入院制度は以下のように定義されている。「病院勤務医および開業医により処方される患者の居宅における入院である。あらかじめ限定された期間(ただし、患者の状態に合わせて更新可能)に、医師および関係職種のコーディネートにより、継続性を要する治療を居宅で提供するサービス」とされている。

以上のようにフランスの在宅入院制度では患者の居宅を「病棟の延長」としてとらえているのが特徴だ。そして自宅にいながら入院しているのと同等の医療サービスを受けることを目指している。

さて、在宅入院制度の対象となる患者は新生児から出産前後の患者、高齢者と幅広く、そのサービスは医療に特化していて以下のようなサービスが対象となる。

化学療法、抗菌剤投与、疼痛緩和、人工栄養法、ガーゼ交換、治療経過観察、術後経過観察、リスクを伴う妊娠産前後観察、産後観察、患者及び家族への教育、作業療法、理学療法、人工呼吸、家庭復帰訓練、輸血、終末期における看取りなど。

日本の感覚では病院で提供されることが当たり前と思えるようなものも多い。歴史的な経緯ががん患者を対象としたものであったこともあり、抗がん剤を用いた治療などは在宅で行われている。高齢者以外の創傷の手術などでも早期に退院しHADに移行するし、出産後もまた翌日などには退院してHADの利用となる。

逆に在宅入院の対象とならない患者やサービスとしては以下がある。

多職種コーディネートを必要としない単一・単職種のケア行為のみの患者、清拭、入浴介助、排泄介助など身体介護のみの患者、技術的、設備的に病院での入院が適切である患者、経管栄養、ストーマ、在宅酸素療法、血液透析や腹膜透析などのみの患者、精神病院の入院患者など。

■在宅入院サービスを提供する在宅入院事業所

さてこうした在宅入院サービスを提供する事業所を見ていこう。

以上のような病棟と同じような医療に特化した在宅入院サービスを提供する事業所は在宅入院事業所(HAD事業所)とよばれている。HAD事業所の業界団体であるHAD連盟によれば、現在HAD事業所は全国に311か所あり、在宅入院病床数は1万2700床である。HADは入院医療の一環であり、その病床数は地域医療計画によって規定されている。

在宅入院制度では、在宅における「入院医療」が必要となくなった時点で「退院」し、その後は必要に応じて開業医や開業看護師の往診や介護手当による在宅サービスに引き継がれる。

HAD事業所の運営主体は民間非営利の事業所、公立病院に属する事業所、民間営利事業所と3種類に分類される。

HAD事業所に所属する医師は患者と看護師間のコーディネートを行うだけで実際の在宅診療は行わない。訪問診療が必要な場合はかかりつけ医に依頼して行う。HAD事業所で中心的な役割を果たしているのは看護師である。看護師は在宅入院のケアプラン作成、在宅入院時から在宅退院時までの調整、ほかの在宅サービスとの調整、患者や家族との相談等である。

なお、HAD事業所の医師から出される「処方箋」は、日本の指示箋のようなもので、これに基づいて各在宅サービスの担当はサービスを提供する。

■在宅入院の流れとHADの実例

在宅入院の流れは以下のようなものだ。

病院から退院が決まった時点で、病院の専門医、ソーシャルワーカーからHAD事業所に連絡が入る。病院の医師と患者が記入した申請書類をHAD事業所が受け取ると、退院前にまずHAD事業所のスタッフが病院まで出向き、病院スタッフや患者本人、家族と面談する。療養できる住環境にあるかどうかをアセスメントする。その後、どのようなサービスを提供しているかについて協議し、計画書を作成する。退院後は円滑に在宅での「入院」に移り、ケアが継続される。

在宅入院においても患者のかかりつけ医の同意が必要である。なおフランスのかかりつけ医制度は2004年から始まった比較的新しい制度であるが、現在では国民の8割が登録している制度である。

ではこうしたHADの一例をパリ市内最大大手HAD事業所であるパリ公立病院協会付属のHAD事業所を見てみよう。

このHAD事業所は民間非営利(NPO)組織で、在宅入院病床数は800床、対象疾患はがんの終末期、抗がん剤の化学療法、産前産後ケア、小児科、神経難病を対象とする。患者の高齢化が進み、70歳以上が半数だという。患者数は年間8000人、平均在宅入院日数は18.3日、在宅死亡率は12%という。HAD事業所の職員配置は医師10人、管理看護師40人、看護士250人、看護助手100人、理学療法士、作業療法士、管理栄養士、薬剤師、臨床心理士など合わせると総勢650人におよぶ。なお管理看護師というのは日本のケアマネージャーのような役割で、在宅患者をアセスメントする役割を担う。

これらの職員が全部で17チームを形成し、パリ市内と近郊をカバーしている。なお看護師の勤務体制は1日7時間勤務で、8~10件の訪問を行う。1件あたりの在宅平均滞在時間は45分という。

図表201609_15_01.png

今回は、世界に先駆けて在宅での医療を「入院」として提供している、フランスの「在宅入院制度(HAD)」をご紹介した。フランスの在宅入院制度では、病院で受けるイメージのある様々な医療が提供されていることがご理解いただけたと思う。次回は、在宅入院制度の実績や在宅入院制度以外のフランスの訪問看護について見ていきたいと思う。